標準必須特許の必須性評価に関する予備研究の概要

標準必須特許の必須性評価に関する予備研究の概要

4iP Councilによる要旨

本研究は、欧州委員会(EC)の委託を受け、標準必須特許(SEP)の必須性精査の向上を目指す大規模システムについて、その技術面及び制度面の実現可能性を調査したものである。この目的のために、以下のようなアプローチの組み合わせが採用された。

  • 事例研究
  • 必須性評価の観点から自動化システムの可能性を探るための具体的な調査
  • 標準化団体(SDO)で開示された潜在的なSEPに関する景観調査
  • 技術面の実現可能性を調査するための予備実験。28名の調査員が欧州の6つの特許庁と協力し、176営業日を費やして205件のSEP評価を実施した。
  • 制度面の実現可能性を確認するための、23名の参加者によるステークホルダー・ワークショップを含む対話型プロセス。
Rudi Bekkers他による論文 [1]

4iP Councilによる要旨

本研究は、欧州委員会(EC)の委託を受け、標準必須特許(SEP)の必須性精査の向上を目指す大規模システムについて、その技術面及び制度面の実現可能性を調査したものである。この目的のために、以下のようなアプローチの組み合わせが採用された。

  • 事例研究
  • 必須性評価の観点から自動化システムの可能性を探るための具体的な調査
  • 標準化団体(SDO)で開示された潜在的なSEPに関する景観調査
  • 技術面の実現可能性を調査するための予備実験。28名の調査員が欧州の6つの特許庁と協力し、176営業日を費やして205件のSEP評価を実施した。
  • 制度面の実現可能性を確認するための、23名の参加者によるステークホルダー・ワークショップを含む対話型プロセス。

上記方法論から得られた主な発見事項は以下の通りである。

必須性の概念及び意味

必須性が相対的な概念であるとしても、評価は単に「あるかないか」で示すことができるものではない。必須性の評価は、SDO間で異なる必須性の厳密な定義、調査対象規格のバージョン、及び専門用語の意味と解釈など、多くの要因に依存する複雑なプロセスである。しかしながら、必須性がどのように理解されるべきかについての理解はさまざまであることから、予備実験の関係者は共通の定義で作業したことに満足感を示した。

実際の必須性は、該当する標準文書が最終化され、該当する特許が付与された時点で初めて判断可能となる。

特許必須性の概念は、特許有効性、特許の実施可能性、又は特許の価値とは(これらは互いに関連し、全てがライセンス交渉において重要であるが)異なるものである。特許の必須性は、特許権侵害とも異なる。

特許請求においては、特許によって付与される排他的権利の範囲が判断され、よって必須性も判断される。さらに、標準は、必須である部分と、任意の規範的要素である部分の文言を明確に判断できるような方法で起草されなければならない。

この文書の最後では、一般的に適用されている必須性の定義に代わるアプローチを、「特許出願前に当該規格に関する文言が既に開示されていたと仮定した場合でも、その特許は新規性要件を満たしているか」という疑問に沿って提案する。
 

既存の必須性評価メカニズム

既存の評価メカニズムのいずれも、必須性について正式な法律上の地位を確立していない。必須性に関する法律上の判断は裁判によってのみ実施することができる。

評価にかかる時間については、商業調査においては個々の特許につき0.3〜6人時、パテントプールであれば2〜3人日というのがおよその目安となっている。一般的に評価は、技術者、弁理士及び特許専門の弁護士によって行われる。費用は、特許1件あたり300ユーロから1万ユーロと幅がある。費やした時間、費用の金額、及び信頼性には関連性がある。専門家による大規模な商業的必須性評価は完全とは言えず時に欠陥も見られるが、裁判所は、商業的必須性評価にはメリットがあると判断している。

市場関係者は、判定-Eと呼ばれる日本の必須性に関する助言的意見を活用していない(2020年3月10日現在)。主な理由は、いくつかの厳しい認定基準が存在すること、試験自体の対象が狭いこと、及び単一の特許しか調査されないことから、ポートフォリオレベルでの必須性に関する知見が得られないためである。

パテントプールは、特許保有者にとっての自発性、クレームチャートが有する重要な役割、評価が独立した第三者専門家に委託されているという事実、及び上訴プロセスの整備により、必須性評価のための最も洗練されたシステムを構築している。その結果はかなり正確であると考えられる。したがって、必須性評価システムは、パテントプールのモデルから学ぶことができる。特に、クレームチャートは高品質で効率的な必須性評価において重要な役割を果たすことから、その利用が求められている。

最後に、企業間及び技術の世代間で比較可能な必須性に大きな差があることから、必須性に関する情報提供の透明性が必要であることが示唆されている。
 

人口知能(AI)を基本としたアプローチ

本研究では、必須性評価にAI及びその他の自動化されたアプローチを利用する可能性を検討した。このようなアプローチへの期待値は高く、例えば、より高い品質又はリソース削減の達成を支援することにより、プロセスの効率性向上に役立つ可能性がある。しかし、AIシステムの利用に関する訓練及び関連する訓練用データセットの利用可能性に課題が残るため、短~中期的には人力に取って代わることはできないと考えられる。さらに、ステークホルダーによるAIシステムの期待事項及び受容性など、他の課題の発生も考えられる。
 

技術面の実現可能性

予備実験において、1回の評価に約7時間を費やす大規模な必須性評価が技術的に可能であることが確認された。最も一貫性のある結果を達成したのは、特許庁で審査官を務めクレームチャートの提供を受けた個人であり(一貫率84%)、一方、学術界のシニアエンジニアである審査官のスコアは低かった(一貫率75%)。

一貫性スコアが高くなる要因は、4つある。第一に、審査官が特許保有者に質問したり、情報提供者と追加的に相談したり、同僚の審査官と案件について議論したりすることが許されれば、必須性審査のパフォーマンスは向上する。第二に、実際の運用では、査定者の専門性を高める機会が増えると考えられる。第三に、個人及びグループでの専門的訓練を通じて大きな学習効果が期待できる。最後に、評価結果に対する当事者からの異議といった、正確性向上に向けた機能を実装する必要がある。
 

制度面の実現可能性

実施者、特許保有者及び裁判所といった多くのステークホルダーは、特許の必須性に関する透明性の高いデータの利用可能性向上に明らかな関心を示した。本研究では、必須性に関する透明性の高いデータとして、分子、分母、妥当性検証済みの要約クレームチャート、詳細な評価結果、及び現在の所有権データの5つのタイプに価値があると考えられるとしている。さらに、SDOは、実際の必須性に関する情報にも関心を示している。

必須性評価のためのシステムは、集計された統計的な数値からなる単一のセットの生成を目指すべきではなく、データの利用者が比較的単純なフィルターを用い、ビジネスの状況に即した使用にふさわしい情報を作成できるように、基礎を構成するデータポイントにアクセスできるようにすべきである。

さらに、この研究では、大規模な必須性評価システムについて9つのシナリオを特定し、これらのシナリオが必須性についてどの程度透明性のあるデータを生成しうるか、及びその実現可能性を明らかにした。結果として最も有望なシナリオは以下のとおりであった。

  • SDOで開示されたすべての特許の体系的な評価。多くのリソースを必要とし、最も費用のかかるシナリオではあるが、このスキームはステークホルダーの関与から完全に独立したものである。
  • 特許権者が要求した特許の評価。このシナリオは、ステークホルダーの積極的な関与を求めるものであり、ステークホルダーが参加を選択した場合、(議論の余地はあるものの)利益をもたらすと考えられる。ライセンス交渉の円滑化及び迅速化を可能とする、追加データ獲得の可能性が広がる。全体的な支持を高める可能性の高いメカニズムである。
  • 二番目のシナリオに、非参加企業が開示する特許のサンプルデータを収集するシステムを組み合わせることでより高い透明性を実現するシナリオ。

様々なステークホルダーが必須性評価システムの構築を支持している。したがって、必須性評価のためのシステムを設けることは制度的に可能であると判断される。
 

提案事項

標準に関する特許の必須性について透明性のあるデータを持つことに、ステークホルダーは関心を抱いている。このようなデータは重要な利益を提供する可能性があり、そのようなデータを生成するシステムは技術面及び制度面で実現可能であると考えられる。以下の点にフォーカスを当てることで、これらの目標を達成することができる。

  • 政策立案者は、必須性評価のためのシステムの開発及び導入を追求可能である。このようなシステムの正確な要件を確定し、具体的な設計に対する需要を把握し、その影響を評価することが重要である。システム設計のベースとなり得るものとして上記3点について慎重に検討することが、最も成功の可能性が高いシナリオと言える。さらに、政策立案者は、SEP保有者の様々なビジネスモデル及びライセンシングモデルを考慮する必要があり、システムが受け入れられるということが重要な成功要因であることから、開発・導入のプロセスにおいて全てのステークホルダーと関わりを持つべきである。
  • 政策立案者は、中小企業特有の状況も認識する必要がある。特許必須性に関し透明性のある情報が製品カテゴリー及びオプション機能別に入手可能であり、特定の製品に関するSEPを判断できるようにすることが重要である。
  • 欧州委員会は、システムを監督するための手続を設計及び定義し、国際的な調和を図り、品質及びパフォーマンスについて全体的な責任を負う小規模な監督機関を構築する必要がある。認証制度を設けることは、評価が調和された方法で実施され、信頼性、公平性、品質及びパフォーマンスの要件を満たしていることを保証するためのよい方法である。
  • 利益を得るすべてのステークホルダーが貢献する、必須性評価のために独立して採算がとれるシステムを目指すべきである。
  • 将来的には、必須性評価を支援するAIの利用も検討すべきである。出発点は、必須性評価の記録を収集し、この特定のタスクのためのAIシステムを開発するために利用できるよう整えることである。
  • SDO は、開示規則及び手続、並びに開示データへのアクセスを改善する必要がある。特に、データの特定可能性、データの質、及びデータの最新性の改善が重要である。
  • すべての利害関係者は、必須性評価システムの構築可能性に対し、建設的かつ協力的な姿勢をとるべきである。

[1] Rudi Bekkers, Joachim Henkel, Elena M. Tur, Tommy van der Vorst, Menno Driesse, Byeongwoo Kang, Arianna Martinelli, Wim Maas, Bram Nijhof, Emilio Raiteri, Lisa Teubner, Pilot Study for Essentiality Assessment of Standard Essential Patents(標準必須特許の必須性評価に関する予備研究), Nikolaus Thumm (ed.), EUR 30111 EN, Publications Office of the European Union, Luxembourg, 2020, ISBN 978-92-76-16667-2, doi:10.2760/68906, JRC119894. 以下ウェブサイトにて閲覧可能。

https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/b...